3. 世代を超えて
デザインの構想に取り掛かる。この作業は僕の場合、すべて頭の中で行う。デザイン画の類は一切描かない。デザインの草案から完成まで、さらには製作する際の作業手順のシミュレーションに至るまで全てを頭の中で行う。そのため、その全てを完全に思い描く事が出来るまでは、実際の製作には取り掛からない。その間は指輪のテーマやイメージを常に頭の片隅に置いていて、ふとした時に想像を巡らせる。それをひと月ふた月と繰り返しているうちに、当初は抽象的なイメージだったものが次第に形を持ち始める。
そのデザインの素のようなものを、さらに育て、不要な部分を洗い落とし、指輪としての美と機能を備えた魅力的なデザインとなるように時間をかけて丹念に練り上げていく。
頭の中でデザインが完成すると実際にナットを削り始める。
古いナットを使うとはいえ、基本的には普段と同じ手順で作業を進める。まず、作りたい指輪に必要な幅にするために、弓ノコを使ってナットを輪切りにし、その切断面をヤスリで削って平らにならして整える。次に内側のネジ山を削り落としていく。全て手作業で行う。
僕の指輪製作は、完成までの全工程を手作業で行い、機械を一切使用していない。作業の際に使われる機械類は手元を照らす照明と、音楽やラジオを聴くための設備、そして夏の扇風機と冬のストーブだけだ。
作業は普段通りのペースで進んだ。
このまま順調に完成へと向かうと思っていた矢先、予想外の事態が発生した。
指輪の元となる輪っかの形まで削り出したところで、異変に気付いた。削り出した輪っかの表面に小さな雷のような薄い模様が浮かんでいる。よく見ると、その模様は輪の外側、側面、内側と繋がっている。ナットにヒビが入っていたのだ。
船の上で、長年の負荷に耐えてきたナットにもやっぱりダメージが蓄積されていて、内部に無数の小さなヒビを抱えていたのだろう。それが万力で固定され削られていく中で、徐々に広がっていったものと思われる。
船から取り外したナットは、表面に汚れや腐食の跡があり、外観からはヒビの存在に気付かなかった。削り始めてからヤスリ目で表面が荒れた状態では気付かなかったが、目の細いヤスリで表面を整えた際に初めてヒビが浮き出てきた格好だ。
これでは指輪として使うことはできない。古い部品を使う以上、考えうることではあったが、僕の頭からは抜けていた。まさに想定外の事態だった。
作業を一からやり直す。そのために港へ向かい、再度、同型のナットを船から取り外す。そして細部までしっかりチェックしながら、今度は慎重に作業を進めていく。今度のナットに不具合はなく、想定した通りの作業が順調に進んでいく。
ヤスリで削り、タガネで柄を打ち、サンドペーパーとコンパウンドで磨く。日を追うごとに少しづつ作業が進んでいく。
そして2週間ほど経ったころ、指輪が完成した。
出来上がった指輪は、二人に似合うような気がした。気に入ってもらえるだろうか。
二人に完成を報告し、受け渡しの日時を決める。数日後、受け取りに来てくれた二人は、指輪の出来栄えに満足してくれた。多少のサイズ調整が必要となるハプニングなども発生しつつ、何とか二人に指輪を渡すことができた。
指輪の受け渡しを終えて作業場から出ると、外はうっすら暗くなっていた。帰る前にお祖父ちゃんの船を三人で見にいくことにした。
港には常夜灯に照らされた漁船がずらっと列んでいる。彼は子どもの頃の記憶を頼りに、お祖父ちゃんの船を見つけようとするが、なかなか難しいようだ。僕が一艘の船を指差し、「この船なんよ。」と伝えると、彼はすっかり老朽化した船の様子に驚きつつ、「こんなに小さかったんですねぇ。」と言った。
その言葉から、彼自身が大きくなったことと同時に、彼の中でお祖父ちゃんが大きな存在であり続けてきたことを感じた。その想いはこれからも変わらないだろう。
「乗ってもいいですか?」と彼は船に乗り込み、船のいろんな所を見て、そして触っていった。どこの部分のナットを外したのかを僕が説明すると、その部分を注意深く見て、そして撫でていた。その様子を奥さんが優しい眼差しで見つめていた。
祖父の船の部品から、孫の結婚指輪へ。海に生きた先人の想いは、形を変え、世代を超えて若い二人の手元で輝き続けてくれるに違いない。(完)
文:カワベマサヒロ 写真:堂本裕樹
カワベマサヒロは今後、ステンレスの「朽ちない」そして「日常に広く存在する」という特性を活かし、時代と共に消えゆくものの一部を、形を変えて残すための物作りを進めていこうと考えています。
処分されていく物を、形を変えて、先人の思いと共に、次世代へと手渡していく。
そんな機会がありましたら、ぜひご一報ください。